薬剤師の離職理由として「人間関係」が上位に挙がることをご存知でしょうか。 厚生労働省の調査によると、医療従事者の離職理由として職場の人間関係は常に上位3位以内に入っています。
調剤業務の正確性が求められる緊張感の中、同僚や上司、医療スタッフとの関係に悩む薬剤師は少なくありません。
本記事では、薬剤師専門のキャリアアドバイザーとして多数の相談を受けてきた経験から、人間関係の課題と具体的な改善策を解説します。
薬剤師が人間関係で悩む5つの主な理由
薬剤師の職場特有の環境や業務特性が、人間関係の悩みを生み出しています。医療スタッフとの連携、少人数体制、業務の緊張感など、複数の要因が複雑に絡み合う構造を理解しましょう。
理由1:閉鎖的な少人数環境での人間関係
【職場環境データ】 厚生労働省「医療施設調査」(令和2年)によると、薬局の従業者数は平均4.4人と小規模です。
出典:厚生労働省「令和2年(2020)医療施設(動態)調査・病院報告の概況」
少人数の閉鎖的な環境では、一度人間関係がこじれると修復が難しく、毎日同じメンバーと顔を合わせることが精神的な負担となります。
調剤薬局では薬剤師2〜3名、事務員1〜2名という体制が一般的で、相性が合わない同僚がいても異動や配置転換の選択肢が限られています。
理由2:医師や看護師との関係におけるストレス
疑義照会は薬剤師の重要な職務ですが、医師に処方内容を指摘することに心理的なプレッシャーを感じる薬剤師は多くいます。
特に経験の浅い薬剤師にとって、ベテラン医師への疑義照会は大きなストレスとなります。
また、病院薬剤部では看護師との連携も重要ですが、業務の優先順位や考え方の違いから摩擦が生じることがあります。
チーム医療が推進される中、職種間の相互理解不足が人間関係の課題を生んでいます。
理由3:管理薬剤師・薬局長との上下関係
管理薬剤師は経営責任を担う立場であり、スタッフ薬剤師との間に明確な上下関係が存在します。
経営効率を重視する管理薬剤師と、患者対応を優先したいスタッフ薬剤師の間で意見の対立が生じやすい構造があります。
指導方法が厳しい、相談しにくい、理解してもらえないなど、管理薬剤師との関係に悩むスタッフ薬剤師の声は多く聞かれます。
理由4:世代間ギャップとコミュニケーション方法の違い
ベテラン薬剤師と若手薬剤師の間には、業務のやり方や患者対応について異なる考え方が存在します。
デジタル化への対応、服薬指導の方法、新しい薬物療法への理解度など、世代によって価値観が大きく異なることが摩擦を生みます。
理由5:激務からくるストレスが人間関係に波及
処方箋が集中する時間帯の激務は、薬剤師の精神的余裕を奪います。
疲労やストレスが蓄積すると、同僚への接し方がぞんざいになったり、些細なことでイライラしたりと、人間関係の悪化を招きます。
業務量の多さと人員不足が、本来は良好であるはずの人間関係を悪化させる要因となっています。
職場別:薬剤師の人間関係トラブルの具体例
調剤薬局、病院、ドラッグストアなど、働く環境によって人間関係の課題は異なります。それぞれの職場で起こりやすいトラブルパターンを知ることで、事前の対策や職場選びの参考になります。
調剤薬局での人間関係トラブル
【よくあるトラブル例】
薬剤師と事務員の立場の違いによる摩擦: 処方箋受付のタイミング、患者対応の優先順位、業務分担などで意見が対立
ベテラン事務員と新人薬剤師の関係: 薬局に長く勤める事務員が実質的な権力を持ち、新人薬剤師が意見を言いにくい
疑義照会を巡る対立: 疑義照会の必要性について薬剤師間で意見が分かれる
休暇取得での不公平感: 特定の薬剤師だけが休みを取りやすい状況への不満
病院薬剤部での人間関係トラブル
【よくあるトラブル例】
医師との関係における立場の弱さ: 疑義照会時に高圧的な態度を取られる、薬剤師の意見が軽視される
看護師との連携不足: 服薬指導のタイミング、患者情報の共有不足で摩擦が生じる
薬剤部内の派閥: 専門領域ごとのグループ形成、上下関係の厳しさ
夜勤・当番を巡る不満: シフトの不公平感、負担の偏り
ドラッグストアでの人間関係トラブル
【よくあるトラブル例】
店長との方針の違い: 売上重視の経営方針と薬剤師の専門性の間での板挟み
販売スタッフとの温度差: 薬剤師と販売スタッフの業務内容・給与の違いから生じる溝
シフト調整での対立: 土日祝日・夜間シフトの負担を巡る不満
複数店舗間の異動: 異動先での人間関係の再構築ストレス
人間関係の悩みが薬剤師に与える深刻な影響
職場の人間関係の悩みは、単なるストレスにとどまらず、薬剤師の心身の健康、キャリア、医療安全にまで広範な影響を及ぼします。問題を放置せず、早期の対処が重要です。
メンタルヘルスへの悪影響
【健康への影響】 厚生労働省「労働安全衛生調査」によると、強いストレスを感じる労働者の主な要因として「対人関係(セクハラ・パワハラを含む)」が上位に挙げられています。
出典:厚生労働省「令和4年 労働安全衛生調査(実態調査)」
継続的な人間関係のストレスは、不安障害、抑うつ症状、不眠症などのメンタルヘルス問題を引き起こす可能性があります。「職場に行きたくない」「朝起きるのが辛い」といった症状は、深刻な状態のサインです。
調剤ミスのリスク増加
人間関係のストレスは集中力を低下させ、調剤ミスのリスクを高めます。同僚とのコミュニケーション不足は、情報共有の不備にもつながり、医療安全を脅かします。
離職につながるリスク
人間関係の悩みは、薬剤師の離職理由として常に上位に挙げられます。せっかく取得した資格を活かせないまま、薬剤師の仕事自体を辞めてしまうケースも少なくありません。
キャリア形成への悪影響
人間関係の悩みで精神的余裕がなくなると、スキルアップや自己研鑽の機会を逃します。新しい知識の習得、認定資格の取得など、キャリアアップのための活動ができなくなります。
【実践編】薬剤師の人間関係を改善する7つの具体的方法
人間関係の改善には、自分自身のアプローチを変えることが最も効果的です。相手を変えようとするのではなく、自分にできることから始めることで、状況は好転します。
方法1:積極的なコミュニケーションと挨拶の徹底
基本的なことですが、明るい挨拶と日常的な声かけは人間関係改善の第一歩です。
【実践ポイント】
朝の挨拶は笑顔でハキハキと
業務の合間に「何か手伝えることはありますか?」と声をかける
相手の話を最後まで聞く姿勢を持つ
感謝の言葉「ありがとうございます」を頻繁に使う
方法2:報告・連絡・相談の徹底
情報共有不足は誤解や不信感を生みます。こまめな報連相により、透明性のある関係を築けます。
【実践ポイント】
疑義照会の結果を必ず共有する
患者からのクレームや気になる点はすぐに報告
判断に迷ったことは相談する(抱え込まない)
自分の業務進捗を適宜共有する
方法3:相手の立場や状況を理解する努力
人間関係のトラブルの多くは、相互理解の不足から生じます。相手の立場や背景を理解しようとする姿勢が大切です。
【実践ポイント】
管理薬剤師の経営的な視点を理解する
事務員の業務負担を認識する
医師の多忙さと責任の重さを考慮する
世代の異なる同僚の価値観を尊重する
方法4:感情的にならず冷静に対応する
忙しい時間帯や疲れている時こそ、感情的な反応を避けることが重要です。
【実践ポイント】
イライラしたら深呼吸して一呼吸置く
批判されても防御的にならず、まず受け止める
反論する前に相手の言い分を最後まで聞く
「この人はこういう人」と割り切る柔軟性を持つ
方法5:業務の役割分担を明確化する
業務分担が曖昧だと、「なぜ私だけが」「あの人は何もしない」という不満が生まれます。
【実践ポイント】
定期ミーティングで役割分担を確認
マニュアルや業務フローを明文化
負担の偏りがあれば上司に相談
自分の担当業務を明確にする
方法6:適度な距離感を保つ
過度に親しくなりすぎると、かえって関係がこじれることがあります。適度な距離感を保つことも重要です。
【実践ポイント】
プライベートな話題は慎重に
他のスタッフの悪口や噂話には参加しない
仕事とプライベートを区別する
「仕事上の良好な関係」を目指す
方法7:自分のストレス管理を徹底する
自分自身の心身の健康を保つことが、良好な人間関係の基盤となります。
【実践ポイント】
十分な睡眠を確保する
休日はしっかり休む
趣味や運動でストレス発散
必要に応じてカウンセリングを利用
それでも改善しない場合の対処法
自分なりに努力しても人間関係が改善しない場合、環境を変えることも有効な選択肢です。我慢し続けることが必ずしも正しいとは限りません。
上司や人事への相談
社内に相談窓口がある場合は、積極的に利用しましょう。
【相談のポイント】
具体的な事実を整理して伝える
感情的にならず冷静に説明
どのような改善を望むかを明確にする
記録(日時、内容、証拠)を残しておく
外部の相談機関の活用
【相談先】
都道府県薬剤師会の相談窓口
労働基準監督署
総合労働相談コーナー
メンタルヘルス相談窓口
産業カウンセラー
異動・配置転換の希望
複数店舗を持つ企業であれば、異動により人間関係をリセットできます。人事部門に相談してみましょう。
転職による環境変更
どうしても改善しない場合、転職も選択肢です。人間関係が原因での転職は決して逃げではありません。
【転職時の注意点】
次の職場の人間関係を事前に確認(職場見学、口コミ)
転職理由をポジティブに説明できるよう準備
同じ失敗を繰り返さないための自己分析
よくある質問(FAQ)
- Q人間関係を理由に転職するのは甘えでしょうか?
- Aいいえ、甘えではありません。人間関係は仕事の満足度や心身の健康に大きく影響します。
厚生労働省の調査でも、離職理由として人間関係は常に上位に挙げられています。
我慢し続けて心身の健康を害するよりも、環境を変える勇気を持つことは賢明な選択です。 - Q新しい職場でも同じ問題が起きませんか?
- A可能性はゼロではありませんが、職場によって人間関係の雰囲気は大きく異なります。
転職時に職場見学や面接で雰囲気を確認する、口コミサイトで評判をチェックするなど、事前調査を徹底することで、リスクを減らせます。
また、今回の経験から学んだコミュニケーションスキルは次の職場でも活きます。 - Q管理薬剤師との関係が特に難しいのですが…?
- A管理薬剤師は経営責任を担っているため、スタッフとは異なる視点を持っています。
まずは管理薬剤師の立場や考えを理解しようとする姿勢が大切です。業務上の相談は定期的に行い、自分の意見も根拠を示して伝えましょう。
それでも改善しない場合は、人事部門への相談や転職も視野に入れてください。 - Q医師への疑義照会がストレスです。どうすればいいですか?
- A疑義照会は薬剤師の重要な責務です。ストレスを感じるのは当然ですが、患者の安全のために必要な行為です。疑義照会時は、「〇〇の可能性が考えられますが、いかがでしょうか?」と提案型で伝えると、受け入れられやすくなります。
また、事前に先輩薬剤師に相談して進め方を確認するのも有効です。 - Q人間関係が良好な職場の見分け方はありますか?
- A面接時や職場見学で以下のポイントを観察しましょう。
・スタッフ同士の会話が自然で笑顔がある
・質問に対して丁寧に答えてくれる
・職場が整理整頓されている
・離職率が低い(面接で確認)
・研修制度やサポート体制が整っている
まとめ
薬剤師の人間関係の悩みは、職場環境や業務特性に起因する構造的な問題です。しかし、コミュニケーションの工夫や自分自身のアプローチを変えることで改善できるケースは多くあります。
それでも改善しない場合は、転職という選択肢も検討しましょう。人間関係が良好な職場で働くことは、薬剤師としてのやりがいと心身の健康を守るために重要です。一人で悩まず、専門家に相談することも有効な方法です。
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田井 靖人
2013年摂南大学法学部を卒業後、不動産業界で土地活用事業に従事。
2019年から医療人材業界へ転身し、薬剤師と医療機関双方に寄り添う採用支援に携わる。
現在は薬剤師が“自分らしく働ける環境”を広げるべく、現場のリアルやキャリアのヒントを発信。
座右の銘は「人間万事塞翁が馬」。どんな経験も糧に変え、薬剤師の未来を支える言葉を届けている。