薬剤師という専門職に就きながら「辞めたい」と感じているあなたへ。その気持ちは決して特別なものではありません。実は医療・福祉分野の離職率は15.3%と他業種と同程度で、多くの薬剤師が同じ悩みを抱えています。本記事では、辞めたいと感じる理由を整理し、本当に辞めるべきか、それとも環境を変えれば解決できるのかを冷静に判断するための情報をお届けします。
薬剤師が「辞めたい」と感じる10の理由
薬剤師を辞めたいと考える理由は人それぞれですが、多くの薬剤師に共通する悩みがあります。ここでは代表的な10の理由を詳しく解説します。自分の状況と照らし合わせながら、何が本当の問題なのかを見極めていきましょう。
1. 人間関係のストレス(同僚・上司との関係)
調剤薬局や病院の調剤室など、限られた空間で毎日同じメンバーと長時間過ごす薬剤師の職場環境は、人間関係の問題が発生しやすい構造になっています。
特に小規模な薬局では薬剤師が数名しかおらず、相性の合わない人がいても距離を取ることが難しいのが現実です。女性が多い職場では派閥ができやすく、男性薬剤師もその人間関係に巻き込まれることがあります。
また、上司との関係がうまくいかない場合、業務の指示や評価に影響が出るだけでなく、職場全体の雰囲気にも悪影響を及ぼします。特に薬局長や薬剤部長との関係は、日々の働きやすさに直結する重要な要素です。
2. 業務量の多さと長時間労働
厚生労働省「第13回薬剤師の養成及び資質向上等に関する検討会」の資料によると、週に数回以上夜間休日の対応をしている薬剤師が27%にのぼることが報告されています。
出典:厚生労働省「第13回薬剤師の養成及び資質向上等に関する検討会」資料
人手不足が慢性化している職場では、一人当たりの業務負担が増加し、残業が常態化します。特に在宅医療に力を入れている薬局では、日中は調剤や訪問業務に追われ、薬歴の記載は業務時間外に行わざるを得ない状況も珍しくありません。
処方箋40枚が一つの目安とされていますが、この枚数ぎりぎりで対応している薬局では、調剤ミスのリスクも高まり、精神的な負担も大きくなります。
3. 責任の重さとプレッシャー
薬剤師の業務は患者の命と健康に直結します。一つの調剤ミスが重大な健康被害を引き起こす可能性があるため、常に緊張感を持って業務に臨まなければなりません。
処方監査、調剤、鑑査、服薬指導といったすべての業務において、スピードと正確性の両立が求められます。一度でもミスをしてしまうと、「また間違えるのではないか」という不安が頭から離れなくなり、精神的に追い込まれていくケースも少なくありません。
特に新人薬剤師や転職したばかりの薬剤師は、慣れない環境でのプレッシャーに押しつぶされそうになることがあります。
4. 給与や待遇への不満
厚生労働省「第24回医療経済実態調査(医療機関等調査)」によると、一般従業員の薬剤師と管理薬剤師の年収には平均で223.7万円の差があります。また、管理薬剤師でも、1店舗のみの個人薬局では平均905.9万円であるのに対し、100店舗以上のチェーン薬局では560.9万円と、345.0万円もの差が生じています。
出典:厚生労働省「第24回医療経済実態調査(医療機関等調査)」
同じ薬剤師でも職場によって給与に大きな差があるため、他の薬剤師の収入と比較して不満を感じる人は少なくありません。特に病院薬剤師の場合、20〜30代では薬局薬剤師よりも年収が低い傾向にあり、これが転職の理由の一つとなっています。
また、業務量の多さに見合わない給与や、サービス残業が常態化している職場では、働くモチベーションが著しく低下します。
5. 教育体制・研修制度の不足
新人薬剤師や未経験の業務に取り組む際、適切な研修やフォロー体制がないと不安を抱えたまま業務を行うことになります。
特に小規模な薬局では、先輩薬剤師が忙しく質問しづらい雰囲気があったり、マニュアルが整備されていなかったりするケースがあります。一方、大手チェーンでも研修が形式的で実務に役立たない内容だと感じることもあります。
薬剤師としてスキルアップやキャリアアップを目指す上で、継続的な学習機会は欠かせません。認定薬剤師や専門薬剤師を目指したいと考えていても、研修制度が充実していない職場では自己研鑽の機会が限られてしまいます。
6. やりがいを感じられない
日々の業務がルーティンワークばかりで、薬剤師としての専門性を活かせていないと感じると、仕事へのやりがいを失ってしまいます。
例えば、同じような処方箋ばかりを扱う門前薬局では、新しい知識を得る機会が少なく、成長を実感できないことがあります。また、OTC販売や事務作業に追われて、本来の薬剤師業務に集中できない職場もあります。
管理薬剤師などの明確なキャリア目標を持てない場合、日々の業務に意味を見出せず、モチベーションが下がってしまうこともあります。
7. 接客・コミュニケーションのストレス
薬剤師の業務には調剤だけでなく、患者への服薬指導や相談対応といった接客業務も含まれます。
患者の中には、「必要最低限の説明だけで早く薬をもらいたい」と考える人もいれば、長時間話を聞いてほしいと思う人もいます。患者の反応が冷たかったり、クレームを受けたりすると、精神的に疲弊してしまいます。
もともと人と話すことが苦手な人にとっては、毎日の服薬指導が大きなストレス源となることもあります。
8. 休日が少なく十分な休息が取れない
厚生労働省「令和4年 雇用動向調査結果の概要」によると、薬剤師を含む医療・福祉業界における離職率は15.3%で、全産業の離職率15.0%とほぼ同水準です。
人手不足の職場では、有給休暇が取りにくく、休日出勤を求められることもあります。十分な休息が取れないまま働き続けると、心身ともに疲弊し、仕事への意欲を失ってしまいます。
特に病院薬剤師の場合、当直や時間外の勉強会などで拘束時間が長くなりやすく、プライベートの時間を確保することが難しいケースもあります。
9. 薬剤師の仕事に向いていないと感じる
何度も調剤ミスを繰り返したり、服薬指導がうまくできなかったりすると、「自分は薬剤師に向いていないのではないか」と感じてしまうことがあります。
しかし、これは必ずしも適性の問題ではなく、環境や経験不足が原因であることも多いです。適切なサポート体制がない職場では、成長する機会を得られずに自信を失ってしまうこともあります。
10. 評価制度への不満
努力や成果が適切に評価されない職場では、働くモチベーションが下がります。
上司の主観に頼った評価システムや、時間外労働の長さを評価する風潮がある職場では、効率的に業務をこなすほど評価されないという矛盾した状況が生まれることもあります。業務改善の提案が受け入れられない環境では、前向きに働く意欲を失ってしまいます。
辞めたいと思ったときの対処法
薬剤師を辞めたいと感じても、すぐに行動に移す前に、まず冷静に状況を整理することが大切です。ここでは、辞めたいと思ったときに試すべき対処法を紹介します。
信頼できる人に相談する
一人で悩みを抱え込まず、信頼できる上司や先輩、同僚に相談してみましょう。客観的な意見をもらうことで、自分では気づかなかった解決策が見えてくることがあります。
上司に相談することで、職場環境の改善に協力してもらえる可能性もあります。また、同じ悩みを経験した先輩の話を聞くことで、乗り越え方のヒントを得られることもあります。
職場の人には相談しづらい場合は、薬剤師の友人や家族、転職エージェントなど、第三者の意見を求めるのも効果的です。
辞めたい理由を明確にする
なぜ辞めたいのか、具体的な理由を書き出してみましょう。
- 人間関係の問題なのか
- 業務内容の問題なのか
- 給与や待遇の問題なのか
- 労働時間や休日の問題なのか
- 自分の適性の問題なのか
理由を明確にすることで、その問題が職場を変えれば解決できるのか、それとも薬剤師という職業自体を変える必要があるのかが見えてきます。
職場環境の改善を試みる
人間関係や業務量、労働時間などの問題は、職場環境を改善することで解決できる可能性があります。
上司に相談して、シフトの調整や業務分担の見直しを提案してみましょう。ハラスメントを受けている場合は、証拠を記録に残し、薬局長やエリアマネージャー、本部の相談窓口に報告することが重要です。
職場環境の改善について行動を起こすこと自体が、「自分にできることはやった」という納得感につながります。それでも改善が見られない場合は、転職を検討する明確な理由となります。
異動や配置転換を相談する
大手チェーンの場合、別の店舗への異動を希望することで、人間関係の問題が解決することがあります。
業務内容を変えたい場合も、同じ会社内で本社勤務や在宅医療担当など、別の部署への配置転換を相談してみる価値があります。
休職して心身を休める
心身の疲労が限界に達している場合は、一時的に休職して十分な休息を取ることも選択肢の一つです。
疲れた状態では冷静な判断ができません。しっかり休んでから、今後のキャリアについて考えましょう。
本当に辞めるべきか?見極めるポイント
薬剤師を辞めるかどうか判断する際は、以下のポイントを確認しましょう。
問題は職場を変えれば解決するか
人間関係、業務量、給与、休日数、研修制度などの問題は、職場を変えることで解決できる可能性が高いです。この場合、薬剤師を辞めるのではなく、別の職場への転職を検討しましょう。
厚生労働科学研究成果データベース「病院における薬剤師の働き方の実態を踏まえた生産性の向上と薬剤師業務のあり方に関する研究」によると、1,394の病院のうち約半数で薬剤師の離職率が「5%未満」と報告されており、職場選びによって働きやすさが大きく異なることがわかります。
出典:厚生労働科学研究成果データベース「病院における薬剤師の働き方の実態を踏まえた生産性の向上と薬剤師業務のあり方に関する研究」
薬剤師という職業自体が合わないのか
調剤ミスを何度も繰り返す、責任の重さに耐えられない、接客業務が極度のストレスになるなど、薬剤師の業務そのものに問題を感じている場合は、職場を変えても同じ悩みが生じる可能性があります。
ただし、これらの問題も環境やサポート体制によって改善できることがあるため、複数の職場を経験してから判断することをおすすめします。
心身の健康に悪影響が出ているか
不眠、食欲不振、抑うつ状態など、心身に明らかな不調が出ている場合は、早急に環境を変える必要があります。無理を続けると、うつ病などの深刻な状態に陥る可能性があります。
自分の健康を守ることが最優先です。
薬剤師を辞めずに続ける選択肢
薬剤師という資格は、6年間の大学教育と国家試験合格という大きな努力の結果として得られたものです。すぐに辞めてしまう前に、以下の選択肢も検討してみましょう。
別の職場への転職
調剤薬局、病院、ドラッグストア、企業など、薬剤師が活躍できる職場は多様です。職場を変えることで、今の悩みの多くが解決する可能性があります。
- 病院から調剤薬局へ
給与アップや労働時間の改善を目指す場合、病院から調剤薬局への転職で年収が50〜100万円アップすることも珍しくありません。
- 調剤薬局から病院へ
幅広い疾患や薬剤の知識を学び、チーム医療に参加したい場合は、病院薬剤師への転職を検討しましょう。
- ドラッグストアへ
OTC医薬品の知識を深めたい、販売スキルを身につけたい場合は、ドラッグストアでの勤務も選択肢です。
働き方を変える
正社員からパート・アルバイトに変更することで、勤務時間を調整し、ワークライフバランスを改善できます。
在宅医療や訪問薬剤師として、従来とは異なる形で専門性を発揮することもできます。
資格を活かした別の仕事
製薬会社のMR(医薬情報担当者)やDI業務、医薬品卸、医薬品開発、薬事関連など、薬剤師資格を活かせる仕事は調剤以外にも多数あります。
治験コーディネーター(CRC)や臨床開発モニター(CRA)として、新薬開発に関わる道もあります。
スキルアップ・キャリアアップを目指す
認定薬剤師や専門薬剤師の資格取得を目指すことで、新たなやりがいを見出せることがあります。
管理薬剤師、エリアマネージャー、薬局長などの管理職を目指すことで、キャリアアップとともに給与アップも期待できます。
転職を成功させるためのポイント
薬剤師として転職を決意した場合、以下のポイントを押さえて準備を進めましょう。
転職理由を整理する
なぜ転職したいのか、何を改善したいのかを明確にしましょう。人間関係、労働時間、給与、やりがいなど、優先順位をつけることが大切です。
転職先で同じ悩みを繰り返さないためにも、譲れない条件と妥協できる条件を整理しておきましょう。
職場見学を活用する
求人票だけでは分からない職場の雰囲気や実際の業務内容を確認するため、可能な限り職場見学を申し込みましょう。
実際に働いている薬剤師の表情や、職場の清潔さ、処方箋枚数と薬剤師の人数のバランスなどをチェックすることで、入社後のミスマッチを防げます。
転職エージェントを活用する
薬剤師専門の転職エージェントは、求人票には載っていない職場の内部情報を持っています。
人間関係や残業時間の実態、離職率など、直接聞きにくい情報も教えてもらえます。また、応募書類の添削や面接対策のサポートも受けられます。
複数の転職サイトに登録して、幅広い求人情報を比較検討しましょう。
条件を明確に伝える
転職エージェントに相談する際は、希望する勤務地、給与、休日数、業務内容、職場の規模などの条件を具体的に伝えましょう。
曖昧な希望では、自分に合った求人を紹介してもらえません。
面接対策をしっかり行う
転職理由をポジティブに説明できるよう準備しましょう。前職の悪口にならないよう注意が必要です。
「なぜこの職場で働きたいのか」「どのように貢献できるのか」を具体的に伝えられるようにしておきましょう。
まとめ
薬剤師を辞めたいと感じることは決して恥ずかしいことではありません。医療・福祉分野の離職率は15.3%と平均的な水準であり、多くの薬剤師が同じ悩みを抱えています。
大切なのは、衝動的に辞めるのではなく、冷静に状況を分析し、後悔のない選択をすることです。職場環境の改善や転職によって問題が解決できるケースも多いため、まずは信頼できる人に相談し、自分に合った解決策を見つけましょう。
薬剤師専門の転職エージェントを活用すれば、より良い職場環境を見つけられる可能性が高まります。あなたのキャリアと人生をより良いものにするため、一歩踏み出してみませんか。
まずはキャリアの可能性を知る相談から
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田井 靖人
2013年摂南大学法学部を卒業後、不動産業界で土地活用事業に従事。
2019年から医療人材業界へ転身し、薬剤師と医療機関双方に寄り添う採用支援に携わる。
現在は薬剤師が“自分らしく働ける環境”を広げるべく、現場のリアルやキャリアのヒントを発信。 座右の銘は「人間万事塞翁が馬」。どんな経験も糧に変え、薬剤師の未来を支える言葉を届けている。